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お名前をどうしても思い出せないのです。

何というお名前でしたでしょうかと、その人に尋ねた。

わたしの名前が御知りになりたいのですか、とその人は言う。

ええ、以前にはとても良くアナタと会っていたのを覚えています。

何度と無くお話したり、一緒に何処かの場所へ同行したりしたのです。

それなのに、わたしの名前を覚えていないのですか、とその人は言う。

不思議なのですが、名前だけがどうしても思い出せないのです。

顔や声や後ろ姿や、たまにする右肩をコリコリと回す癖は覚えているのに、

名前だけが思い出せないのです。

そうですか。どうやらわたしの名前はもうすでに解けてしまったようです。

解けて流れだして乾いた地面に吸い込まれてしまったんです。

こぼれたミルクはもとにはもどりません、溶けたわたしの名前も戻りません、

残念ですが、その人は言う。

引っ越しした後に残された空き部屋のような目が見つめる。

地面には溶け出した名前の干上がった澱の形がわずかに見えているきがした。

 

     デジ一・コバルスキンJr 清水智則/訳 「統計的叙事詩の惨劇」より

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